2004.11.9 渋谷 7th Floor

 
当日配布されたプログラム

写真協力:とっちぃ~

MAYUKO

その歌声、楽曲に込められた想いに包まれた夜。

繊細でせつなくて、はかなくも凛とした歌声が、
観衆の心を惹きつけて放さない。
彼女の楽曲に秘められた願い。「過去・現在・未来」の融合。
その集大成は「人生」という今ここに生きている一瞬の連なり。
ありふれた「日常」と言う名のかけがえのない喜びと幸せ。
MAYUKOの魅力を体感した夜。
2004年11月9日(火)渋谷7th floor、ファースト・ステージ

開演予定時刻を5分ほど過ぎたころ、
彼女は客席を静かにすり抜けステージ正面より入場した。

椅子に座り、全身を使い大きく深呼吸するMAYUKO。
暗がりで虚空を見つめる彼女の眼はすでに
心奥のスイッチに向けられていた。

SEが静かにフェードアウトすると、タイトルの『pianissimo』そのままに、
グランドピアノが静かに低音を奏で始め彼女の歌声がそれに続く。
MAYUKO VOL.34が静かに幕を開けた。

あまりにも切なく繊細な歌声。
溢れる感情を抑える歌声に心地よくヴィブラートがかかる。
白く細い指先が鍵盤の上を自在に軽やかに踊っている。
グランドピアノが彼女に演奏されることを喜んでるようにさえ見える。

綺麗に伸びた背筋。完成された姿勢。
正確にコントロールされる音程。
迷いのない毅然とした覚悟と、たゆみない努力の裏づけ。
目の前で展開される彼女の実力と楽曲の素晴らしさを
観衆が理解するのは余りにも容易だった。

矢継ぎ早に『冬が来る』のイントロダクションが始まる。
クリスマス前の季節の中で揺れ動く主人公の気持ちを
慈しみ(いつくしみ)を持って歌うMAYUKO。
“pianissimo”に抑えられていたピアノと歌声が除々に力強くなる。
息が白くなりつつある現実のこの季節と
歌の世界との境目が見えなくなる。
観衆はすでにMAYUKOの世界に浸り込んでいた。

「ピアノ弾き語りアーティストのMAYUKOです。
私は2月生まれで冬がすごく好きなので、
息が白くなるとそれだけでいいなぁって思ってしまいます。」
演奏した冬の曲二曲と冬への想い入れを話し、
次の演奏曲となる「赤いスカート」を書くに至った経緯を話し始めた。

「自分が大切にしていた、まさに“赤いスカート”を取り出そうと
引き出しを開けると、ビーっと糸がほつれて出てきてしまった。
自分が大切にしていたものを自分の手で壊したことに
悲しく、そして怖くなった。大切なものを守ることは難しい。
だからこそ、たくさん努力をして大切なものを守っていきたい。」

MAYUKOの抑揚のある語り口は可愛らしくそれでいて非常に優雅だ。
自然に口にするその言葉だけで深い安心感に包まれる。

演奏中、時折手を強く握りしめて『赤いスカート』の世界へ
自らを観衆を引き寄せていく。
響き渡るグランドピアノの音色に心の叫びの込められた
伸びのある歌声が見事に調和する。
豊かで痛みのない情熱的な演奏が眼前に繰り広げられる。
MCを挟まずに高いテンションを維持したまま、
四曲目『必ずまた会える』を続けて演奏した。

「生まれて初めて愛した人のことを歌った曲」とMCした後、
今後のMAYUKO情報をアピール。

「現在来年のMAYUKOに向けて大きく動きだそうとしているところ。
今までずっと応援してくれている方、今年初めて
Break Station Live で出会って以来、
皆勤賞で応援してくれている方たちの期待に応えたいと、
今、色んな人を巻き込んで作戦会議中です。」

「次の曲のタイトルは私の曲の中で一番おいしそうなタイトル。
歌詞を書き終えた後にタイトルをポンっとつけたんですが、
このお菓子の名前は歌詞の中には出てきません。
何でこのタイトルがついたのかを考えながら
曲を聴くとより楽しいかも知れません。」
にこやかにそう言うと「友達と恋人の間の雰囲気を歌った」
5曲目の『カステラ』のイントロが小気味良く流れ始めた。

“あなたは何にも知らずに私をこの場所へ招くけど、
あなたの友達として会いに来るのはもうできそうにない”
カステラの控えめな甘さの印象とは対照的な
とてつもなく狂おしいラブソング。
後半のサビを全力で歌う彼女の表情が歌の主人公と交錯する。
激しく燃える想いが心から身体に、腕に、指先に、鍵盤に乗り移り、
重なりあったグランドピアノの単板を激しく鳴動させる。

恐ろしく研ぎ澄まされた芸術美的瞬間。
演奏後拍手に包まれ半ば放心状態の彼女を
グランドピアノがそっと支えているようだった。

「次の曲が最後の曲になるんですけれども」
とMAYUKOは最後に語り始めた。
「すごく自分の気持ちをまっすぐに表現した歌。
ライブで歌いみなさんに聴いてもらって育ってきたような、
そういう曲だと思います。
当たり前の事が実は当たり前の事じゃない。
そういう幸せをすごく常にかみしめて生きたいと思う。
風邪をひいて改めて感じる食事のおいしさ、健康の素晴らしさ、
周りの人の優しさにその時にようやく気づかされる。
そういった“当たり前”っていう幸せを忘れずに驕らず(おごらず)に
一生懸命に生きていきたいと思う。
この曲では、自分にとって、本当に大事な人が近くにいるだけで、
全ての事が素晴らしい、何でも幸せに思えてきてしまう、
君がいてくれて本当に良かったなぁ、という気持ちを歌っています。
今日はみなさんと同じ空間を過ごせて私は本当に幸せです。
どうもありがとうございました。」

劇的なイントロから始まる『ただ好きなだけで』。
“君の涙が僕の心溶かした 私たちが一緒にいられること 
当たり前 とか 日常 とか言う前に大切にしようよ”
“こんなにも君が好きで好きでそれがすべてで
過去も今も未来も宝物になってく ただ好きなだけで”
ラブソングでは語れない生きる喜びに目覚めさせられるような歌。

明日の約束は誰にもできない。
だからこそ大切にしなければならない今この瞬間がある。
その連なりが「過去・現在・未来」であり、
時に「人生」とその呼び名を変える。
人生の大切な時間を分かち合える心から大切にしたい相手がそばにいる。
ただそれだけの事がどれだけ素晴らしいことか。

『ただ好きなだけで』それだけで心が満ち足りる喜び。
その喜びをMAYUKOは全身で観衆に伝えきった。
その表情にはやり遂げたという達成感でいっぱいに溢れていた。

徐に(おもむろに)立ち上がり観客に向かい、
マイクを通さずに「ありがとうございました」と一礼してから
舞台正面よりステージを降りたMAYUKO。
身のこなしまでもが洗練され端麗な容姿にはまったく隙がない。
彼女は心も身体もとても強くしなやかで見事なまでに美しい。

MAYUKOの歌声、楽曲に潜む深さと広がりを
最大限に表現した今回のステージ。
悲壮感のない優しさと喜びに包まれた珠玉の33分間の
ステージはあっという間に過ぎていった。

MAYUKOの存在感を、可能性をさらなる未来へとつなげていった。
「その片鱗は今年最後の12月21(火)の曼荼羅でのライブで観せられると思う。」
惜しみない拍手がMAYUKOの後ろ姿を見送った。

( Text by Issa " Miami " N )